64歳の誕生日を迎えられた天皇誕生日の当日、初台の新国立劇場では「ホフマン物語」が3日間にわたって上演され、私は初日、福岡雄大さんがホフマンの回に足を運びました。
今まで実は「ホフマン物語」を見たことがありませんでしたが、今回観劇して想定以上に面白い作品でした。
ホフマンというのはドイツの詩人・E.T.A.ホフマンのことで、「ホフマン物語」とは彼の小説から3つの恋物語を用いて脚色したもので、動く人形オリンピア、歌姫アントニア、高級娼婦ジュリエッタが織りなす恋の顛末を描いたものです。
キャストはオリンピアに池田理沙子さん、アントニアに小野絢子さん、ジュリエッタに柴山紗帆さん、現在の恋人である歌姫ラ・ステラに木村優里さんとホフマンを彩る女性たちを鮮やかに、そして渡邊峻郁さんがリンドルフ、スパランザーニ、Dr.ミラクル、ダーパテュートを悪魔的存在を変幻自在に演じました。
プロローグでは白髪が混じりの初老男性のホフマンが歌姫で恋人のラ・ステラを待っていますが、福岡さんのホフマンは現れて早々、人生にやや疲れているような風貌。
そしてラ・ステラは彼への手紙を託けるもの、リンドルフ(悪魔)が手紙を取り上げてしまう。
ホフマンは魔法のメガネ、トゥシューズ、十字架の3つのアイテムを取り出し、友人に過去の物語を話し始める…というプロローグで本編に入っていきます。
ラ・ステラの木村優里さんは踊るシーンが少ないものの人気歌姫の雰囲気がよく似合い、華やいだ存在感がホフマンと対照的でした。リンドルフと比べるとホフマンはやさぐれ感もあり、ラ・ステラとは釣り合いがとれていません。
そして過去にさかのぼり…若き日のホフマンは爽やかでみんなに人気だが、リンドルフ(悪魔)に騙されて魔法のメガネを手渡される。そしてメガネをかけてからただの人形であるオリンピアを人間と思い込み求婚。
求婚した途端、オリンピアはバラバラに崩れ落ち…まるで「コッペリア」に恋するコッペリウスのようであり、人形に求婚する姿を周りに嘲笑され一人愕然と膝をつくホフマンはあまりにも哀れでした。
そして10年後の壮年期の物語となりホフマンはアントニアという女性を愛するが、彼女は心臓が弱いのにも関わらず恋人ホフマンのピアノに合わせて踊っています。
心臓への負担を危惧したアントニアの父がドクターミラクル(悪魔)を呼びますが、ミラクルはなんと催眠で彼女を踊り続けさせ、ホフマンにはピアノを弾き続けるよう強制したため、結果アントニアはホフマンの腕の中で息絶えます。
ストーリーラインは「ジゼル」であるものの、踊り続けるシーンはジゼルと違い狂ったように踊るとかではなく、ディヴェルティスマン方式で黒をベースとしたクラシックな衣装に男女のペアが何組も一斉に踊る様子は美しく見応えがありました。
センターで踊るアントニアを演じた小野絢子さんと福岡雄大さんのコンビネーションが溌剌とした恋の喜びを感じさせ、ソロも快活で特に目を惹くものであった。
そして年齢を重ねたホフマンは宗教に帰依し、ダーパチュート(悪魔)のサロンに出入りし、高級娼婦ジュリエッタが誘惑する。ここの情景は「シェヘラザード」や「マノン」のムッシュGMの館を混ぜたような奇妙な雰囲気で、ジュリエッタはマノンさながら多くの男性を従えて女王のように身を委ねる。ジュリエッタを演じる柴山紗帆さんはメイクがとても良く、ゆったりと使った長い手足が大変美しかったが、妖艶さという点ではもう少しスパイスが加えられる余地があるように思えた。柴山さんは見るたびにどんどん素晴らしさが増しているので期待の意味を込めて。
3つのストーリーを語り終えたホフマンは酔って寝てしまう。恋人ラ・ステラは酔ったホフマンと丸められた手紙を見て、リンドルフと共に立ち去ってしまうが、ホフマンは目が覚めた後に全てを悟り立ち尽くして幕が下ります。
3幕ダーパチュートのサロンのシーンでは頭にたくさんの花を乗せた小姓のような奴隷のような存在がいたり、ダーパチュート自体が「キン肉マン」のバッファローマンのような衣装を着てなかなかの度肝を抜かれたことと、ジュリエッタと踊る男性たちの衣装がファラオ、「ライモンダ」のアブデラクマン風(あるいはキラーカーン)、海賊のアリ風と実に異色で、「シェヘラザード」まではいかないものの金持ちの悪趣味のプライベートサロンの空気が漂っていた。
本作品は珍しく男性が主人公で彼の女性関係をめぐるストーリーですが、いずれも悪魔が邪魔をしています。あくまで私感ですが悪魔というのも実際は「うまくいかない」ことを可視化した存在なのかと思ってしまいます。
現にWikiをざっと見たかぎり、実際のE・T・Aホフマンも一筋縄ではいかない人生を送っているようです。
青年、壮年、初老と時を経てもいつも不器用なホフマンの味わい深さの余韻が福岡雄大さん演じるホフマンから感じ取ることができました。
味わい深い演技と2幕のバリエーションを快活に踊り切るテクニックの双方を必要とするホフマンはなかなか演じる方も難しい役であり、若いダンサーではなかなか表現しきれない「味わい」が一つ必要な役のように思えました。
そして最後に、タイトルの「古典バレエの名シーンのエッセンスふんだんに…と思いきや実はこちらが元祖?」については以下のWikipediaの引用をご覧ください。
ホフマン作品を基にした楽曲としてはバレエ『くるみ割り人形』『コッペリア』やオペラ『ホフマン物語』、「スキュデリ嬢」をオペラ化したヒンデミットの『カルディヤック』などが知られている。『くるみ割り人形』はホフマンの童話『くるみ割り人形とねずみの王様』からのデュマの翻案(『はしばみ物語』)を基にしており、『コッペリア』はホフマンの『砂男』が原作、『ホフマン物語』は『大晦日の夜の冒険』『砂男』『クレスペル顧問官』の3作を翻案したものである。
Wikipedia「E.T.A.ホフマン」より
「コッペリア」や「くるみ割り人形」の方がホフマン作品を元にしていたとのことです。へえ、知りませんでした!