POB「オネーギン」ユーゴ・マルシャン ドロテ・ジルベール
過去複数回、仕事や急用に阻まれて行くことのできなかった「オネーギン」全幕にやっと行くことができました。
3月6日(金)19:00
オネーギン:ユーゴ・マルシャン
タチヤーナ:ドロテ・ジルベール
オリガ:ナイス・デュボスク
レンスキー:ポール・マルク
とにかくユーゴ・マルシャン
今回初めて見たのですが、26歳という若さでこれほどオネーギンの役作りが素晴らしいとは思いませんでした。
1幕は適度にチャラく、大人しく慎ましい文学少女のタチアーナに対して上から目線。
余裕のある感じを通り越し、少しづつ傲慢な態度が透けて見えるよう。おまけにとても美しい。
2幕でオリガを誘惑し、レンスキーを嫉妬させ、そして決闘で殺してしまってからの3幕では、打って変わって精神的な疲れも見え、なんだか自信喪失したような雰囲気に。
Wikipediaのエフゲニー・オネーギンの項には、タチアーナがグレーミン侯爵の妻となり、美しくなったのを見るやいなや「逃した魚は大きかった」とばかりに"やつれるほど恋い焦がれる"とあります。
この"やつれるほど恋い焦がれる"そのままのオネーギンが目の前に現れて本当に驚きました。
まるで別人なのですよ…1幕とは。
手紙のパドドゥなんかは、いままさに過去の過ちを取り戻そうと必死にタチアーナに縋り付く姿が印象的。
この若さにしてオネーギンをここまで噛み砕いて表現するとは本当に恐れ入りました。
タチアーナのドロテ・ジルベールは1幕では内気な性格を表すかのごとく、リフトされる時も少しだけテンポをずらして動きにも工夫をしているように思えました。

10年前はオリガとかが似合う感じだったのですが、3幕の人妻感は、きっと今の年齢だからこそ滲み出る雰囲気。

 

最後、オネーギンに手紙を書いた当時を思い出して気持ちが揺り戻るというよりも、とっくに過去の出来事としていたものを蒸し返されて、困惑。
人妻となって美しく変身したかに見えたタチアーナの素である内気な性格が見え隠れしつつ気持ちを抑え切るという演技は、マルシャンの役作りに呼応し、とても新鮮でした。
というのも、ボリショイのニーナ・カプツォーワやヴィシニョーワは「出て行け」という前に一瞬ふっと魔がさしたようにオネーギンに触れようとしたりするのですが、どういうのがスタンダードなのでしょうか。
タチアーナ役はシルヴィ・ギエムがあれほど踊りたがったというのも分かります。残念ながら許可が出ませんでしたが…頭脳とあの完璧にコントロールした身体でどのように踊るのかを見てみたかったです。
オネーギンは映像化が少なくて残念。
マリア・アイシュヴァルトのタチアーナは映像で残しておいて欲しかったです。

シュツットガルト・バレエ「オネーギン」

Onegin
フリーデマン・フォーゲル(オネーギン)
アリシア・アマトリアン(タチヤーナ)
難易度の高いリフトをいとも簡単にこなすのが本家シュツットガルト。
演奏:Heinrich Rehkemper, Fonteyn, Tuggle
オーケストラ:Stuttgart Symphony Orchestra
「オネーギン」のCD。音楽だけでもぐっと引き込まれます。
余韻を楽しむためにしばらく再生してしまいます。
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明日はアルビッソン&ガニオを見てきます♪

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